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文旦視察旅行記!1998年アメリカ
(vol,4 サンフランシスコ 最終日編)

5日目いよいよ最終日。あっという間のアメリカ旅行でしたが、サンフランシスコの近くまで来ると緯度もかなり上の方にも関わらずハイウェイの周りにはオレンジの様な柑橘系の畑が目につきます。よくよく見るとどうも日本の温州ミカンの模様。
柿色に色づいたみかんが遥かかなたまで見えています。「これはアメリカ大陸販売用のみかんじゃなあ~」と眺めながらしばらく進むと、ウインドファンが沢山並んだ丘が表れてきました。


みかん畑

風車

一基1,500万円と言われるウィンドファン。数千基いや数万基はあるでしょうか?全米の投資家が投資をして風力発電で稼いでいるようです。ここにこれほどのウィンドファンがあるということは、ここの場所は相当風が吹く場所ということも解りますね。
日本では車のコマーシャルに取り上げられた場所でもあります。
贅沢なアメリカの土地利用が羨ましい位です。


サンフランシスコ

臨海丸の碑

ゴールデンブリッジを超えるとサンフランシスコの街が見えて着ました。ある意味日本人の憧れでもあるし、江戸時代後記に勝海舟を乗せた臨海丸が到着した場所でもあります。

サンフランシスコ
町中

サンフランシスコの街中に入ると、雰囲気がまるで違ってきます。赤のトラックが町中を颯爽と走っていてもオシャレに見えてしまいます。また、街歩く人たちもストリートのスタイルにマッチした感があり、アメリカの都会という雰囲気が漂います。(4日間アメリカでも田舎の方ばかり見てたので特に・・・笑)


みんなで ゴールデンブリッジを背に

最後はサンフランシスコ名物ゴールデンブリッジを背にして記念撮影!
通訳兼運転手の小林社長お疲れ様でした。

楽しくカツ、大変勉強になった5日間を過ごすことが出来たのも、この小林社長のお陰です。


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★番外編★
視察として旅行しましたが、結構ハプニングがありました。
そのハプニングを幾つか・・・

1)、ホテルのシャワー
外国に行くと日本とは勝手が違う事が多々ありますね。特に安いホテルに泊まった場合、シャワーの蛇口が違うのでなかなかお湯を出すことが出来ませんでした。ちなみに通訳の小林さんに前もって説明受けていたわたしは問題なかったのですが、同室になった巌さんがお湯も被らず出てきました。「ここのシャワーは壊れちゅう!」って言って。説明して教えましたが、旅行に行くと大事な人の話を聞いていない輩が多く困ったものです。

2)、危険な地域は出歩かない
夜になると日本の繁華街は賑やかになり夜遅くまで呑み屋が空いていますね。外国でも空いている所もありますが、少し都会から離れたダウンタウン近辺では危険が付きものです。サンフランシスコの郊外の安いモーテルに泊まると、その近辺は治安も良くないので出歩くことが危険です。車で移動している時に一軒のバーがありました。看板も賑やかに明るく飾っていたのですが、よく見ると大きな鉄格子が窓に埋めつけられています。よっぽどタチの悪いお客が多く喧嘩も多そうな雰囲気がして、とても英語が解らない日本人は行けそうにありません。治安のよい場所でも危険なアメリカ。日本みたいな油断した酔っ払いは身ぐるみ剥がされること間違いなしです。

3)、旅行ビザを無くさないように・・・
冒頭からたまに出てくる同室の巌氏。4日間も同じ部屋に寝泊まりし、性格や癖が解ってきましたが、最終日にトンデもない事をしでかしてくれました。
最終日にサンフランシスコの空港で出国審査をするときになって、通訳の小林氏がみんなのパスポートを集めたのですが、巌氏のビザが見つかりません。よくよく尋ねると昨晩必要ないだろうとパスポートに留めてあるビザを切りゴミ箱に捨てたとのこと。
小林氏が機転を利かして、日本人団体客の中に私たちをまぎれこませて、団体で出国手続きをすませました。もしビザが無かったらアメリカに4~5日出航できずに拘留されていたとのこと。
よかったよかった!


vol,1 ロスーフィルモア編    vol,2 フレスノシティ編    vol,3 サンフランシスコ編   vol,4 最終日編 

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